銀座のトリル 03-3572-8228

8月 2023

夜景

連日の投稿内容は私に戦いを挑んできた憎き細胞とそれにあっさり負けそうな私の暗いお話ばかり。。皆さんだってこの猛暑で体力を消耗されているし毎日それはそれは色々ご苦労がおありだと思うのに、本当に申し訳ない気持ちです。ごめんなさい。

でもどうかお願いです。暫く私の強そうに見えてめちゃめちゃ弱く少し浮いたと思えば直ぐに沈み、だけど姿も見せずにコソコソと裏で悪知恵を練る小癪な奴に、無様でも真剣に挑む姿を見守っていて頂きたいです。

『ママはだめだめだな』でも、『こう戦えよ!』でも何でも良いです。笑ってもイラッとしてもハラハラしても何でも良いです。ブログの感想とかエールとか面倒な事はして頂かなくても全然大丈夫です。どうかそこにいて下さい。時々この戦いの途中経過を見にきて下さい。私の後ろには大勢の強い味方がいるのだと思いたいです。それしかどうやら私にはなさそうです。

いつもの私なら迷いが生じても2、3日もすればスッキリ晴れるのですが、今回ばかりは苦戦しています。これはもう自分の力ではどうする事も出来ない気がして、精神安定剤とか導眠薬とか、専門家に頼るしかないのかなと判断して手術をした病院に電話をしてみました。外科的処置まではあんなに元気だったのにどうして急に立ち止まってしまったのか、何もわからなくなってしまったと電話で簡単に説明すると受付の方は手慣れた様子で、「主治医の先生の予約を取りますか?それとも癌の相談窓口でお話しされてみますか?看護師が2名いて・・・」

私は取り敢えずその相談窓口を利用してみる事に決め、予約を入れて早速昨日行ってきました。訪ねると入り口は誰でも気後れなく入れるようにとの配慮なのか、ドアーをオープンにしてありました。入って名前を言うと、クリンとした目をした穏やかそうな看護師さんが私を個室に案内してくれました。

さて、ここからです。私は性格的に自分の抱えている問題を他人に、幾らそれが話を聞くプロであっても初対面の見ず知らずの相手に弱音や愚痴を吐いてスッキリするような真っ直ぐな人間ではありません。私だって資格こそないけれど話を聞くお仕事なんだからとか、この女性は私からどう話を聞き出すのかな?って探ってみたり。。何様?あんた何しに来たの?帰れ、帰れって話ですよね。笑

何からどう話せば良いのか戸惑いながら看護師さんの様子を伺っていると、既に私の情報を把握しているように見えたので、「あの〜、もう私のこと知ってくださっていますか?」と聞いてみました。すると、「はい、まだ半分ほどですが。」

やるな、お主。

それからは看護師さんに質問形式でリードされる形で、「抗がん剤治療は嫌ですか?」「いえ、全く。やりたくはないですけど。寧ろやらないと生きられないと思っているので。」「主治医を信頼できないとか、しっくりこないとかはないですか?」「全くないです。良い先生だと思っていますし、先生がこうした方が良いと言ってくださる事に従おうと思っています。」

「そうですか、経済的な問題とかご家族との関係はいかがですか?」「それも大丈夫です。家族も支えてくれています。抗がん剤治療で寝込んでも買い物とかしてきてくれると思います。」「そうですか・・・。」「多分、私は・・・」「はい・・・」「大丈夫だと言って欲しいんだと思います。姉は末期の胃癌で苦しんで亡くなりました。姉の前に従姉妹を1人、大腸癌で亡くしています。私は死にたくないんだと思います。まだ起きてもいない再発や転移や再手術、それが怖くて眠れないんだと思います。専門家は誰も大丈夫だって言ってくれませんものね。必ず治ると私は言って欲しいんだと思います。」

し〜ん・・・

それから抗がん剤治療を乗り越えるには気力が大切なのかとか、どの様に考えて長い治療を乗り越えれば良いのかとかを聞いて帰宅しました。結局、先の先の心配より、今なんだなと思いながら。11日から5月に予約済みの北海道を再訪してきます。今度は右側から札幌まで、ゆっくり周る予定です。大きな山や湖を見て空気をたくさん吸い込んで、新鮮な食材を体に取り込み、帰宅したら小癪な癌細胞に果敢に挑みます。私には2度の癌を克服して60代でサーファーになったお客様がいます。脳梗塞で後遺症が残っても強く逞しく生きるお客様がいます。赤ちゃんの時に生き別れたお母さんと再会、立派に最後まで看取られたお客様がいます。ママは大丈夫だと言って下さる方が沢山います。一緒に戦おうと言って下さる方、静かに全快を待っていて下さる方、励ましに駆けつけて下さる方、いつでも話しかけてと言って下さる女性の方達、励まし支えてくれる家族や親族、私には大切な人がたくさんいます。負けるわけにはいきません。

死ね、癌細胞!舐めんなよ!!

銀座のトリルからのお知らせ

⭐︎8月10日(木)まで通常営業

⭐︎8月11日(金)〜夏季休業

⭐︎8月21日(月)〜大変ご迷惑をお掛けしますが、都合により当分の間、完全ご予約制での営業とさせて頂きます。ご予約状況、営業の有無につきましては事前に店舗へお電話にてお問い合わせ下さいます様、お願い致します。

まん丸お月様

いつも明るく元気で笑っていて、ほんとうの幸いを願い、身を粉にして他者に尽くし、雨ニモマケズ風ニモマケズ・・・私ってそんなママだったかな?と考えた。それは私の中の理想像であって、私は決してそんなママではなかった。

意地っ張りで頑固で好き嫌いが激しく、ニコニコしているのは優しく見せたい為のお店用の表情で、本当に面白いと思う時はガハハと爆笑した。夜のお店独特のさしすせそなんて笑ってしまうくらい滑稽で苦手で、いつも本心が勝手に口から出てしまってた。男のくせにあんまりグズグズ言ってると、「もうっ腹立つわ!正座させるわよ!」なんてね。こんな愛想なしで気分屋のママ、そんなに銀座にはいないです。私は長年宮沢賢治ママを上手く演じてたと思うけど、本当は全然違うってもしかしたら、とっくの遠に、

バレてました?笑

真っ白なバスタオルが何故かグレーに見えるほどずっと泣き続けて、泣いても泣いても終わりがなくてね。頑張ったのにとか、もうこれ以上頑張れないとか、癌が物凄く上の方にある偉いものに思えてきた。出口を探して一生懸命に歩くけど、段々一方通行の細い方に迷い込んだ。

絶望。

そんな時、神戸の叔父からラインが届いた。叔父はアキちゃん(叔父の長女・従姉妹)と私をラインで繋いでやろうとしてくれている様だった。いつだったか、私より幾つも年下のアキちゃんが癌になって辛がっていると叔父から聞いた事を思い出した。叔父からショップまで行って手続きしてもらってきたとラインが届き、すがる思いで私はアキちゃんに声を掛けた。そしてやっとアキちゃんと話せた。

アキちゃんは私と同じ病気で抗がん剤治療も受けていた。告知、手術、抗がん剤治療と辛かった経験談を元にてきぱきとアドバイスをしてくれた。私はアキちゃんの話を必死でメモしながら、こんな事を聞いてみた。「アキちゃん、明るいよね。大変な病気をしたのに。どうやってそのモチベーションを?」

「抗がん剤治療ってこんなに大変なんやて思ってな。こんなに大変なんやから癌細胞も苦しんどるやろと。」

「親より先に私が死んで悲しませるわけにはいかん思うてな。」

「お姉ちゃん。私、頑張ったよ。よう頑張ったと思うわ。」

手を伸ばした先に薄らと光が見えた気がした。いつか私も言いたい。

「私、頑張った。よく頑張ったと思う。」と。

『銀座のトリルからのお切らせ』

⭐︎8月10日(木)まで通常営業

⭐︎8月11日(金)〜20日(日)夏季休業

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大変ご迷惑をお掛けしますが、都合により当分の間、完全ご予約制での営業とさせて頂きます。ご予約状況、営業の有無につきましては事前に店舗へお電話にてお問い合わせ下さいます様、お願い致します。

病室にて

昨日、退院後初めて病院に行ってきました。丁度お昼過ぎで車の中からジリジリと焼け付くビルや歩行者をぼんやり見ているだけで、目がぐるぐる回り頭がくらくらしてきました。ふとこんな炎天下に球児たちは長時間熱戦を繰り広げるんだなぁと、大丈夫なのかなとちょっと心配になりました。余計なお世話ですね。笑

先のブログで少し触れたのですが、癌は手術して病理検査を行って初めて実際の病状やそれに伴うステージ、術後の治療法が確定するのだそうです。どの癌もそうなのかは知りませんが。私は術前の検査は何の為なんだろう?それだと先生が告知するステージは正確ではなく多分そうなんじゃないかなって事なのかな?それならどうして告知するんだろうと不思議で仕方ありませんでした。不思議だと思いながら先生に、「ステージ1ではないか、転移はしていなさそうだ、手術してみないとわかりませんが。」と言われ私は物凄く喜んでいました。希望を持ちたかったし安心したかったのだと思います。何度も最終的には手術して病理検査しないとわからないと言われたのに。

そして昨日、聞いた病理検査の結果は私にとって最悪なものでした。手術で目視出来る癌は全て取りきれており、術後の経過も良好でした。でも顕微鏡で調べたら私のリンパ管には既に癌細胞があり転移陽性でした。それによりステージも1から一気に3Cになり、今月末から来春にかけて抗がん剤治療を開始する事になりました。説明の途中で先生が何度か、「ここまでで何か質問はありますか?」と聞いてくれたのですが私は、「何もわかりません。」

先生の説明が終わり別室で、抗がん剤治療アレコレについて看護師さんから説明を受けました。看護師さんは私の顔を見てヤバいと思ったのだと思います。心配そうに何か話しかけてくれました。何を話しかけてくれたのか、全く覚えていません。私が、「大丈夫です。」と答えると、「大丈夫って言わなくても大丈夫ですよ。」って。優しい看護師さんなのだと思います。でも私はこの病気になってから、いつも大丈夫だと思う事にしていました。『私は強いから大丈夫、沢山の人が同じ病気を乗り越えてる。だから私も大丈夫。』と。そう思う事で1度も崩れずに怖がらずに前が向けていたのです。それがお腹の傷も治りきらないうちの2度目の厳しい告知と看護師さんの言葉・・・本当は私はわかっていたんです。こんな時、女性は思い切り泣くんだろうなぁ。泣いて泣いて落ち込んで、そこから這い上がって来ないと長い病との闘いに最後まで頑張れないんだろうという事は。

昨日は帰宅してから初めてバスタオルを抱えて、「こんなに頑張ってきたのに。」と声を出して泣きました。泣いても泣いても涙が止まらず、出勤は断念しました。頑張れば何とかなった今までだったのに、頑張っても頑張ってもどうにもならない今がただ悔しくて泣きました。いくら考えても立ち直りまた前を向くその方法が、私にはわかりません。私はもうダメなんでしょうか。

唯一分かったのは私は大丈夫じゃないってこと。